日本森林学会誌106巻7号(2024年7月)
[論文] 明治後期から大正期にかけての京都における社寺林管理
―風致保全と資源利用に着目して―
舟橋 知生(京都大学大学院地球環境学堂, 竹中大工道具館)ほか
キーワード: 社寺林, 社寺上地, 施業案, 風致施業, 森林資源利用
2024 年 106 巻 7 号 p.179-189
https://doi.org/10.4005/jjfs.106.179
[要旨] 社寺林は,レクリエーション機能や環境緩和機能,生態系保全機能などの公益的機能を有し,貴重な都市緑地としての側面に注目した研究が蓄積されてきた一方,そのような環境を形成してきた社会的背景や制度的枠組み,管理方針に関する研究は少ない。本研究では,一連の社寺領上地と境内編入,下戻しを経て社寺林の所有と管理の体制がある程度定着した明治後期~大正期の京都における社寺林管理の方針について,当時の法令規則や京都府の行政的対応および個別の社寺で作成された施業計画の参照により考察を行った。その結果,国や京都府の法令制度は,主に,境内林は風致保全,境外林は資源利用の場との認識でこれらの機能強化を図る管理方針を示した一方,各社寺林の施業計画では,境内林の一部でも資源利用を意図した管理が図られていたことが明らかになった。境内林,境外林ともに内外の要求や制約の中で求められる機能に応じた管理方針がとられ,風致保全と資源利用の場としての機能が同時に担われてきたことが明らかになった。
[論文] Y-N理論を用いたウルシ林のサイズ分布予測と林分当たり最大漆液収量の推定
会田 裕雅(岩手大学大学院総合科学研究科)ほか
キーワード: 上層高, 残存率, 地位指数, 植栽密度, 予測モデル
2024 年 106 巻 7 号 p.190-197
https://doi.org/10.4005/jjfs.106.190
[要旨] 国産漆の需要が高まっているが,ウルシ林からの漆液収量の最大化を目標とした造成・管理方法に関する研究はほとんどない。現在,ウルシ主産地の岩手県二戸市では原木本数で管理されているものの,単木の漆液収量は幹直径に依存するため,直径サイズのばらつきを考慮して管理する必要がある。また,密度効果によって本数が減少することも考慮する必要がある。本研究では,岩手県北部および青森県南部のウルシ林49林分のデータを用いて,Y-N理論に基づき直径サイズ分布予測モデルを構築した。このとき,Y-N曲線のパラメータA,B,ならびに植栽後のウルシ個体の残存率は上層高の関数と仮定し,さらにこの関数に植栽密度や地位指数が影響する可能性があると仮定した。地位指数は,林齢と上層高の関係から地位指数曲線を作成して求めた。予測されたサイズ分布に対し,ウルシ1本当たりのサイズ別漆液収量に関する先行研究のデータを代入することで林分当たりの漆液収量を推定した。植栽密度と地位指数を変えてシミュレーションを行い,植栽密度や地位指数,漆搔きをする適当な林齢について検討した。
[論文] 関西育種基本区の地域差検定林におけるスギ精英樹の成長と生存率から評価したクローンと検定林の交互作用
河合 慶恵(森林総合研究所林木育種センター関西育種場)ほか
キーワード: GE交互作用, スギ, 生存, 成長, 精英樹
2024 年 106 巻 7 号 p.198-205
https://doi.org/10.4005/jjfs.106.198
[要旨] スギは植栽範囲が広く,多様な環境下に造林される。このため林木育種の改良目標に関する形質について,クローンと検定林の交互作用(GE交互作用)を理解することは,クローンの正確な遺伝的性能評価と効果的な改良品種の普及のために不可欠である。しかし,成長形質と比較してスギの生存率におけるGE交互作用についての検証は少数かつ限定的である。本研究では,関西育種基本区内における37カ所ものスギ地域差検定林の長期間にわたる樹高,胸高直径および生存率データを統合的に解析し,成長形質と生存率の両面から,GE交互作用とその経時変化について評価した。その結果,成長形質ではGE交互作用は全体的に小さく,クローン間の順位関係は検定林によらずおおむね共通していたが,GE交互作用は林齢とともに大きくなった。一方で,生存率では年次によらずGE交互作用が成長形質よりも大きく,検定林間でのクローン順位の共通性が低い傾向にあった。以上の結果より,造林地に植栽するクローンの選定にあたっては,生存率におけるGE交互作用のリスクに加え,壮齢時の成長形質の地域適応性についても考慮する必要性があると考えられた。
[論文] 森吉山麓の花粉記録にみる中世以降の秋田スギの衰退
池田 重人(国立研究開発法人森林研究整備機構森林総合研究所)ほか
キーワード: 秋田スギ, 花粉分析, 森吉山, 人為活動, 中世
2024 年 106 巻 7号 p.206-213
https://doi.org/10.4005/jjfs.106.206
[要旨] 日本の森林は江戸時代前期には大きく衰退しており,秋田の天然スギも同じような状況にあったことが指摘されている。こうした秋田スギの衰退過程を明らかにするために,秋田県北部森吉山の上谷地湿原で採取した堆積物試料の花粉分析を行い,湿原周辺地域の植生史を復元した。この地域では,堆積物最下部の堆積当時から現在まで一貫して,ブナやナラ類を主とする落葉広葉樹が優勢だった。これに対してスギは,AD900年代はじめまでブナやナラ類とともに優勢だったが,AD900年代半ばからAD1200年代には変動しながらやや減少し,AD1300年代以降になって明らかに減少した。この変化は人為的な影響によると考えられ,AD1500年代半ばからAD1800年代半ばにはスギが衰退した状態で推移した。その後,戦後になって,植林が広がった影響でスギは再び増加した。秋田スギの優勢な時代から衰退する過程は,本研究を含む秋田県内の三つの花粉分析地点で少しずつ異なっていたが,その原因は人里からの距離などのスギ林の立地の違いが影響していると推察した。